溺愛御曹司に囚われて

そうしているうちに先生がサッと手を伸ばし、わざとらしく私の髪をすくった。
ニヤリと笑いながら、低い声でささやく。


「小夜。浮気なんかする男はさっさと捨てて、俺のところに戻ってくるか? 俺ならいつでも大歓迎だ」

「ふざけんなよこの変態教師! 触んなって言ってんだろ!」


高瀬が半ば悲鳴のように情けなく叫んで私を背中に隠す。

高瀬はもうずっと前に大人の男になってしまったと思っていたけど、先生の前に立つと途端に高校生に戻ったみたいだ。
あの頃もこんなふうに、よく一ノ瀬先生にからかわれていたっけ。


「やめろよ、もうお前らの教師じゃないだろ。今はただの、お前の女の元彼だ。別に俺たちは嫌い合って別れたわけじゃない。お前が適当なことをしているなら、俺は約束通り、いつでも小夜を返してもらいにいくからな」


先生の声は、言いながらだんだん真剣みを帯びていく。

〝嫌い合って別れたわけじゃない〟という先生の言葉は、あれからずっと本心を聞けないまま凍り付いてしまっていた私の思いを、ほんの少しだけ揺らした。

私は目の前の高瀬の背中を見上げる。

約束ってなに?
高瀬と先生は、何を約束したの……?

高瀬はくるりと振り返り、先生を私の視界に入れないようにして肩を抱く。
歩き出しながら、肩越しに先生を振り返って言った。


「必要ない。安心して後生まですっこんでろ」


そう言った高瀬の声は硬く低く、どこか緊張感を帯びているようだった。

< 23 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop