溺愛御曹司に囚われて
密かに彼を思っているだけなんてもう我慢できなくて、私はあの言葉を先生に言ったの。


『先生、私と逃げよう』


それが、私の最後の賭けだった。

高校の近くに、人魚の岬と呼ばれる場所がある。
ちょうどその時期、星の降る夜の午前二時に人魚の岬で恋人とキスをすると、ふたりは永遠に結ばれるという噂が流行っていたのだ。

先生が来てくれたら、学校を辞める。
来てくれなかったら、もう二度と彼に触れることはない。


そしてその夜、人魚の岬に来たのは高瀬だった。

なんとなく、先生は来てくれないかもしれないと、頭の隅ではわかっていた。

先生がたしかに私を思っていてくれたことには自信をもてる。
だけど、彼が何もかもを捨てて選ぶまでの価値が私にはなかったのだと思うと、予想以上にショックだった。

私がそうやって多くを求めたから、一番失いたくなかったものを失くしたんだ。

だからこの先、絶対に誰かの気持ちを求めたりはしないと誓った。
あんなにすべてを捧げた先生にとってさえ、私にその価値はなかったのだから。


『お前が胸張って、一ノ瀬を好きだって言えるようになるまででいいから。それまでお前のこと、俺が預かっていいかな』


そんな価値のない私を拾ってくれると言ったのが高瀬なのだ。

私は人魚姫のように、叶わぬ相手を求めた。
そして私は泡になることすらできずに、高瀬の与えてくれるぬくもりの中で、ただ身体を震わせて泣いていた。

私はこのぬくもりに、これ以上のことは決して望むまい。
固く決意する私に、午前二時の人魚の岬で、高瀬はキスをしたのだった。

それから私は、一ノ瀬先生とは距離を置くようになった。
別れの言葉も、なぜ岬へ来てくれなかったのかも聞けていない。

高瀬は最初のキス以来必要以上に触れようとはしなかったけど、ただずっと私の隣にいてくれた。

初めて高瀬の腕に抱かれて朝を迎えたのは大学へ進学してからだ。
彼がいつまでも私の側にいてくれるものだから、高校を卒業しても、一ノ瀬先生と連絡を取ろうとは思わなかった。

思えば、あのとき高瀬が私を迎えに来てくれたから、私は今日までまっすぐに歩いて来られたんだ。
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