溺愛御曹司に囚われて
だから実衣子には、私がなにを恐れているのかがわからないのだ。
「ねえ、それよりはやくごはん食べに行こう。お腹減っちゃった」
「小夜ってば、あっさりしすぎ! だいたいその秋音って人だってほんとに高瀬くんのお姉さんなの? 私だったら絶対会わせろって……」
「あ、実衣子、ちょっとごめん」
お昼休みには大抵実衣子とごはんを食べるから、私はサッと立ち上がってブツブツと文句を言う実衣子の腕を引っ張った。
丁度そのときポケットの中でスマホが震えたので、取り出して着信の相手を確認してみる。
「あれ、知らない番号だ」
「え、なに? なんか怪しそう?」
「どうかな。普通の携帯番号みたいだけど」
なにか、電話がかかってくるような用事なんてあったっけ?
首を傾げながらスマホを耳にあてる。
そしてそのあまりに予想外の相手に、私は度肝を抜かれた。
慌てて実衣子に断り、荷物を掴んで大急ぎで会社を出る。
そして、会社の向かい側にある、普段は絶対入らないちょっと高級なイタリア料理のレストランを目指して一生懸命に走り出した。
《森下(もりした)小夜さんで間違いないかしら?》
電話の相手は、なんとなく聞き覚えのあるような声でそう言った。
どこで聞いたんだっけ、この声。
つい最近どこかで聞いた気がする。
私がうーんと記憶を探っているうちに、その人はさらりと自分の名前を告げる。
《私、あなたと同棲してる深春(みはる)の姉で、高瀬秋音といいます。今丁度あなたの会社の向かいにあるイタリア料理のお店にいるんだけど、よかったら出て来られないかしら?》
た、高瀬のお姉さんだ!
なんで私のスマホの番号知ってるの!?
いったい私になんの用事があって電話をしてきたのか見当も付かないけれど、とにかく彼女を待たせるわけにはいかない。
「す、すぐに行きます!」
私はそう言って電話を切り、指定されたお店に向かって全力で走り出したというわけだ。