溺愛御曹司に囚われて
「私、あの口紅を見つけたときは、本当にどうしていいのかわからなくなって、深春さんに直接聞くこともできなかったんです。だから、今日秋音さんとお話できて、なんだか安心しました」
「え? なんのこと?」
秋音さんはキョトンとして首を傾げる。
「口紅です。この前のパーティーのあと、彼のスーツのポケットに入ってた、真っ赤なやつです。私、あれが浮気相手のものなんじゃないかって……」
私の話を聞きながら、秋音さんの細い眉がどんどん困ったように下がっていく。
どうしてそんなに困惑したような顔をするの?
だってあの口紅は、秋音さんのもののはずだ。
昨日のリサイタルで一緒にいたのは彼女だったし、お姉さんのものだったから高瀬は私になにも言わなかったのだ。
いくらそう言い聞かせても、秋音さんの曇った双眸が私の不安を再び呼び起こす。
「秋音さんの口紅、ですよね……?」
そうであってほしいと懇願するように小声で尋ねる。だけど彼女は、ゆるゆると首を横に振ったのだった。
* * *
本当はわかっていた。
私はわざと、高瀬に直接あの口紅のことを確認するのを避けたのだ。
あれが秋音さんのものであってくれれば、これ以上彼の浮気を疑わずに済む。
いくら目を逸らしても、瞼に浮かぶ赤い色。
真っ赤な唇がまた、私をからかうように笑った。
「ちょっと小夜、大丈夫?」
「え……?」
実衣子に声をかけられてハッとする。
気が付くと目の前のパソコンの画面が真っ黒になっていた。
ボケッとしすぎて、スリープ状態になっていたみたい。
これで三回目だ。