溺愛御曹司に囚われて

「ああ、ごめん。ありがと」

「いいけど、お昼に戻って来てから変だよ。なんかあったの?」

「……ううん、別に。ちょっとぼーっとしちゃってるだけ」


そう言っても、実衣子はさっきから心配そうにちらちらとこちらを見てる。

電話がきて突然飛び出して行って、それからなにがあったのかって気になってるのはわかっている。
だけど私はその視線をそのままにもう一度パソコンに向かった。

自分が情けなくて、なにを考えているかなんて実衣子には話せない。

結局、振り出しに戻ってしまったのだ。
あの口紅が誰のものなのか、あのメモとファンデーションの跡の意味はなんだったのか。

いい加減高瀬に直接聞けばいいものを、あれだけ本人が浮気を否定してくれたあとだから、やっぱり私にはできない。

だって、浮気を疑われて、お姉さんに電話するくらい怒ってショックを受けたらしい高瀬に、いったいなんて言って聞いたらいいの?

あれが高瀬と特別な関係のある他の女性のものであっても、たとえそうでなくても、どちらにしろ私たちの関係はきっと壊れてしまう。
相手を信じることも、すべてをさらけ出すこともできない私には、なすすべもない。

あんな口紅、見つけなければよかったのに――。


「……よ、小夜ってば!」


頭の中に割って入った実衣子の声で再び我に返る。


「え? あ、ああ、ごめん」


実衣子が隣で大きくため息をついて、私のほうに向き直った。


「一応言っておくけど、これで四回目だからね。小夜が話したくないならムリには聞かないけど、私はいつでも話して欲しいし、頼られるくらいの準備はできてるから」

「うん、ごめん。ありがとう……きっといつか話すから」


私が小さな声でつぶやくと、実衣子は軽くうなずいて応えた。

そして私の気分を変えるように、わざと明るい調子で私のパソコンの画面を覗き込んでくる。


「それで? さっきからずっとパソコンとお見合いしてるけど、なにをしようとしてたわけ?」

「えっと、今は……」


今は、地元情報誌の取材のための下調べをしているところだ。
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