溺愛御曹司に囚われて
うちは万年人手不足の出版社だし、この手の小さな情報誌では編集担当がそのまま記事を書く。
私はちょうど、今週の土曜日に開催されるピアノコンクールの記事を書くことになっていた。
「それで、明日は注目の挑戦者ってことで、この人に取材に行くから、下調べをしようと思って」
そう言って私がパソコンの中に画像を表示させると、実衣子が腰を浮かせて悲鳴を上げた。
「うわぁ、なにこの子、めちゃくちゃかわいい! あれ、でもこんな小さい子の記事書くの?」
「ううん、これはもうずっと前に”鍵盤の天使”って言われてた頃の写真」
いくつかパソコンを操作して、さっき見つけた一番最近の記事を出す。
「で、こっちが今の彼女」
「あら、私この人知ってる。どこかの音大生でしょう? 美人ピアニストって、最近雑誌やテレビにもよく取り上げられてるよね」
「うん、大学三年生だって。今回のコンクールの大本命で、桜庭音大の種本月子(たねもと つきこ)さん」
「へえ。この子、あの桜庭音大の生徒だったの」
私は実衣子の言葉に軽くうなずいた。
種本月子。名門・桜庭学院音楽大学の三年生で、ピアノ専攻。
ちなみにこの桜庭音大というのは、附属幼稚園から大学までの一貫校で、高瀬のお姉さんでヴァイオリニストの秋音さんの出身校でもある。
当然、資産家の子どもが多いわけだけど、種本月子もそのひとり。
「私の母が、この子の父親のファンだったの。かなり老けたけど、種本隆盛(りゅうせい)って昔騒がれてたピアニストよね?」
実衣子が写真写る種本月子の、横に立っている男性を指差して言った。