溺愛御曹司に囚われて
大丈夫、ちゃんと聞ける。
あの口紅は誰のものなのか、ひとこと聞いてみればいいだけだ。
もし高瀬が少しでも嫌な顔をしたらすぐに話題を変えよう。
高瀬が寝室のドアを開けて、リビングの光が微かに差し込む。
「うわ、どうした? こんな真っ暗な中で、そんなとこで正座なんかして」
ネクタイを緩めながら部屋のドアを開けた高瀬は私の姿を見て、ちょっと気の抜けたような顔で驚きながらも笑ってくれる。
私は勢い込んで息を吸った。
「あのね、高瀬」
「ん? どうした?」
片手でネクタイを適当に緩めながら私のすぐ前まで来ると、反対の手でそっと頬をなでる。
「あの、さ……」
「なに?」
優しく視線を合わせたままベッドの前に跪いて、下からそっと私の顔を見上げてくる。
私はついに口を開いた。
「あのさ、この前、く……」
だけどその先を言うことができない。
なにかを言いかけて固まる私に、高瀬が不思議そうな目を向ける。
「この前? く? なんだよ」
私が発した意味不明な単語を拾って、高瀬がおかしそうに頬を緩めた。
ああ、やっぱりダメだ。
高瀬はこうして私の目の前にいてくれるのに、どうしてわざわざこのときを壊すようなことを言わなくちゃいけないの?
私はこれ以上なんて望んでいないのに。
浮気だってなんだって構わない。