溺愛御曹司に囚われて
こんな簡単なことひとつも聞けない私は本当にバカなのかもしれないけど、自ら高瀬を手放すようなことをするほうが大馬鹿者だ。
ニコニコ笑っている高瀬から笑顔を消すようなことはとてもできなくて、私はつられて微笑むことを選んだ。
「この前……っていうか、今日のお昼なんだけど、秋音さんに会ったの」
「は? 姉貴? なんで?」
高瀬が面食らって目を丸くする。
私はそんな彼の腕を引いて、隣に腰を下ろさせた。
「高瀬が怒って電話してきたからって。どんな女か確かめてやろうと思ったって言ってた」
「うわ、なにやってんだよあいつ」
高瀬はバツが悪そうに視線を逸らして文句を言う。
いくら高瀬でも、お姉さんである秋音さんには敵わないみたい。
唇を尖らせる高瀬がなんだかかわいくて、私はもう少しからかってみたくなった。
「他にもいろんなこと聞いたの。秋音さんに泣かされた話とか、こてんぱんにされた話とか。あっ、高瀬って、家族にはハルちゃんって呼ばれてるんだね」
「ちょっ、ほんとなんてこと聞いてんだよ! 全部忘れろ! 今すぐ!」
高瀬は焦って私の話を遮り、私の髪の間に手を入れると、軽く頭を揺さぶってくる。
まるでそうすれば記憶が全部飛んでいくとでもいうように。
私は笑ってその腕を止め、高瀬の腕を掴んだまま、精一杯の勇気を振り絞って、なるべくさり気なく言った。
「ごめんね、高瀬。浮気なんて疑って」
今度はちゃんと伝わるように、ハッキリと”浮気”と言ってみる。
高瀬は少し驚いたみたいだったけど、フッと目を細めて笑い、かわいい音を立てておでこにキスをした。
「ほんと、反省しろよ。俺がどんだけお前にゾッコンか、いい加減わかってほしいんだけどな」