溺愛御曹司に囚われて

それと同時に、ほんのちょっとだけ寂しさを感じたりもした。

ＴＡＫＡＳＥは日本有数の財閥系企業である葦原グループに属する超有名企業で、だから高瀬がそんな家の長男、つまり御曹司と呼ばれる人であるということを、このときになって初めて知ったのだ。

そのときはまだ恋人と呼んでいい関係ではなかったけど、どの男性よりも多くの時間と感情と秘密を共有したつもりだったから、突然彼との距離を感じて心細かった。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、私に実家のことがバレてからというもの、高瀬はひとり暮らしをしていた私の部屋にちょこちょこ訪ねて来るようになり、いつの間にかキスをすることも隣で新しい朝を迎えることも日常の一部となり、高瀬の提案にほだされる形で今の同棲に至ったのだ。

だけどひとつだけ変わらなかったのは、高瀬が私に実家の話をあまりしたがらないということだ。
そしてＴＡＫＡＳＥの一社員として働いている今でも、彼はあまり多くを語ろうとはしない。


「はい、小夜。飲み物お願いね」

「うん」


だから私も昨夜のパーティーは、高瀬が手掛けている「ｓｏｉｒ」という新しいシリーズからの新作発表会を兼ねたものだってことしか聞いていなかったので、なぜ音大生が出席していたのかは知らなかった。


ふたりで朝食の準備をして、いつも高瀬が作るものとは少し違うフレンチトーストを食べた。


「おいしいけど、高瀬が作るのよりあっさりしてるね」


私の率直な感想に、彼は目をパチリと瞬く。


「そう？　ちょっと甘すぎたかなと思ったんだけど。なんか、中毒になりそう」


自分だっていつも甘いフレンチトーストを作るくせに、高瀬は眉をしかめて口の中に水を流し込んだ。
ふたりきりで過ごす久しぶりの穏やかな休日には、似つかわしくない微妙なズレを感じさせる朝だった。