溺愛御曹司に囚われて

涙が出るほど悲しかったのはそのあとの記事のほうだ。

天才ピアニストの娘で自身も将来を期待される種本月子と、大手シューズメーカーの御曹司である高瀬はお似合いだって。

soirはちょうど若い女性がちょっとオシャレをしたいときのための靴。
ピアニストとしてステージに立てば、あの容姿で肩書もある種本月子なら抜群の宣伝効果が期待できる。

そして種本月子にとっても、イケメンで将来も安定した高瀬をパートナーに選べばプロになったときのイメージもいいし、高瀬のお姉さんはヴァイオリニストだから理解のある恋人だって。

”ふたりはまるで恋人同士のようだった”って。

復活をかけたコンクールを前に、緊張する彼女を励ましに来た素敵な彼。
この記事を読んだ人には絶対にそう見えるってわかっていたから、とめどなく涙があふれた。

秋音さんは、高瀬家のいろいろな柵のために、高瀬は私を家族に紹介したり、パーティーに連れて行くのを嫌がったりするのだと言っていた。
私を大事に思うからこそだと。

でも、高瀬のパートナーがもしも種本月子だったら、そんな心配も必要ない。

幼少期から天才ピアニストの娘として注目を浴び、そういう場に慣れている彼女なら、堂々と彼の隣に立てるだろう。
家柄もいいし、容姿もいいし、誰もが認めるふたりだ。


「なんか、遠いなあ……」


実衣子のスマホを机の上に置いて、その横に顔を伏せた。
頬を伝う雫が机の上に落ちる。

どれだけ多くの人がこの記事を読んで、どれだけ多くの人が種本月子の隣にいる高瀬を想像するんだろう。

私が必死で守っていたものって、なんだったのかな。
頭の中がぐちゃぐちゃだ。
どうして、こんなふうになっちゃったんだろう。

私はまた、なにかを求めすぎていたのだろうか。
今あるものに満足しろと、言い聞かせてきたはずなのに。
どこかで失敗していて、私は今度も高瀬を失わなくてはならないのかな。

高瀬は今どこで、なにをしているのだろう。
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