溺愛御曹司に囚われて
クローゼットを開き、スーツをハンガーにかけようとしたとき、私はひとつの違和感に手を止めた。
その正体を探ろうと、昨夜のパーティーで高瀬が着ていたスーツ全体に手を滑らせる。
私はハッとして息を飲んだ。
「……う、うそ……」
スーツのポケットの中から出てきたのは、口紅だった。
キャップをとると、真っ赤な色が目に飛び込んでくる。
あきらかに私のものではない。
どういうこと? これは誰のものなの?
心臓の音が耳元で響く。
ふらりと目眩がして、とっさにクローゼットの扉に片手をついた。ガダンと大きな音がする。
いつの間にか呼吸が止まっていたことに、苦しくなって初めて気が付いた。
私は浅く息を吸い込み、それからクローゼットの中にある高瀬のすべてのスーツのポケットを探る。
明るいグレーのカジュアルなスーツの内ポケットに手を入れたとき、今度は指先にカサリと乾いたものが触れた。
入っていたのは、小さく折りたたまれたメモ。
このスーツは、昨夜のようなパーティーがあるときに高瀬が好んで着ているものだ。
手の中で微かに香りを発する小さなメモには、真っ赤な口紅で、090で始まる電話番号が書かれていた。
そして〝T〟の文字とその横には、少し掠れたリップマーク。
頭の中が混乱して、あまりの動揺に吐き気がこみ上げる。
クローゼットの扉に身体を預けてズルズルと座り込む。
カサカサと耳障りな音がし、メモを持つ自分の手が小刻みに震えていることに気が付いた。
思えば高瀬の気持ちが他の女性に向けられるということを、今まで考えてみたこともなかった。
私がこの曖昧で心地良い関係を変えようとしない限り、高瀬はずっと側にいてくれる。
私は心のどこかで、そう思い込もうとしていたのかもしれない。