溺愛御曹司に囚われて
「高瀬くんはどうなったのよ。なんであの女がうちに乗り込んできてるのよ!」
「え? あの女って?」
「桜庭音大の種本月子!」
私はポカンと口を開いた。
実衣子の言葉に私が固まったのと同時に、編集長から声がかかる。
お客さんが来てるから、応接室に来るようにって。
実衣子に背中をバンッと叩かれて、編集長に「しっかりな」なんて言われ、ふたりぶんのコーヒーをもたされて、あれよあれよと言う間に種本月子の待つ応接室の扉を開けた。
「おはようございます」
私が部屋に入ると、お客様用のソファから立ち上がった彼女がそう言って丁寧にお辞儀をした。
ブラインドから差し込む陽の光を背に、あのステージで胸を張るそのままの姿で種本月子が立っていた。
「お、おはようございます」
あまりに予想していなかった展開で、まだ頭がついていかない。
彼女は私に会うためにここへやって来たのだろうか。
この前の取材の件で? それとも……?
「どうぞ、お座りになってください」
「あ、はい」
彼女のほうがお客さんのはずなのに妙に堂々とされる。
やっぱり彼女は、前に会ったときと雰囲気が違う。
強くしなやかで、胸を張るその姿には自分でなにかを掴んだ自信が宿っているように思う。
「あの、先日のコンクールでの演奏、素晴らしかったです。最優秀賞おめでとうございます」
種本月子は私の言葉に軽く礼を言い、そんなことはどうでもいいと言わんばかりに、突然私に向かって頭を下げた。