溺愛御曹司に囚われて
高瀬がパーティーに出掛けると言ってオシャレをして出て行っても、その日の夜遅くに多少女の人の香水の匂いを纏って帰って来ても、出張で泊まりがけになることが多くても、突然帰れなくなったと連絡が入っても。
私は彼を疑うことを無意識に拒否していて、こうしてまざまざと見せつけられるまで、想像すらしていなかったのだ。
高瀬が私に飽きたり、嘘をついたりすることもあるかもしれないって――。
瞼の裏で、私の知らない彼が微笑んでいる。
甘やかすようなその視線が注がれるのは、私ではない他の女の人。
スーツを着てパーティーに出席する高瀬と、彼と似合いのドレスアップをした真っ赤な唇の美しい女性。
寄り添う、ふたり――。
「小夜? なんか大きな音したけど大丈夫?」
「あっ」
高瀬の声と一緒に、寝室に近付く足音が聞こえる。
脳裏に浮かび上がった想像をかき消して、私はとっさに口紅とメモをそれぞれもとのポケットに戻した。
慌ててクローゼットの扉を閉め終えると、真っ暗だった寝室にパッと明かりがつく。
振り返れば、私のエプロンをして洗い物をしていた高瀬が、寝室の戸口でキョトンとした顔で突っ立っていた。
「どうした? 具合悪い?」
血の気の引いた私の顔を見て、心配そうにこちらへ近付いてくる。
不思議なことに、いつもと変わらない彼の姿を目にして、私の頭はようやくあるひとつの事実を認めた。
高瀬は、浮気をしているのかもしれない。
だけどそれを追及し、咎める権利が私にあるのだろうか。
まして、その上で高瀬がもう一度私を選んでくれる保証なんてどこにあるの?
いくら高校生の頃からずっと一緒で、何度もキスをし、何度も抱き合って、こうして同棲していても、私たちの間には『付き合おう』のひとこともなかったのだ。
それを不満に思ったことは一度もない。
むしろ、関係をハッキリさせることを怖がったのは私のほうだ。