溺愛御曹司に囚われて
種本月子はしばらく黙って私を見返していたけれど、すぐにふっと表情を緩める。
そして最初の鋭利な印象からはちょっと想像もつかないほど、目もとを優しく綻ばせて笑った。
「って言っても私、もう本人にフラれてるんですけどね」
「えっ」
うそ、種本月子ってもう高瀬に告白してたの?
私が逃げ回っている間にそんなことになってたなんて!
取り返しのつかないことになっていたかもしれないと思うと、フラれたと聞いても心臓がバクバク鳴り始める。
冷や汗をかく私に、種本月子はしてやったりな笑顔を見せた。
なんだか、今日の彼女は表情が豊かだ。
「告白したのは、あの記事になってしまった夜のディナーの途中です。信じられます? 復活をかけたコンクールのたった二日前だったんですよ。私の誘いに簡単にのってくれたから、正直イケると思ってました」
彼女は膝の上に上品に置かれていた両手でグッと拳をつくって、眉の間にシワを寄せる。
「それなのに、コンクール二日前の女をなんの躊躇もなくフるなんて! 彼なら、どれだけデリケートな時期かもわかっていたはずなのに。あそこまできっぱりフられたら、引きずるほうが恥ずかしいです」
怒りでメラメラと燃え上がったかと思えば、今度は眉を下げてあきらめたように笑う。
「彼がなんて言って私をフったか、気になります? 彼ってこっちが赤面するくらい、本当にあなたに一途なんですね」
それから彼女は、あの記事になった夜の真相を話してくれた。
種本月子はきっぱりフラれたことで吹っ切れて、勢い余ってワインを飲みすぎてしまったらしい。
彼女はフラフラになりながらも、今からピアノの練習をすると言い張った。
高瀬にフラれた今、自分のやることはそれしかないと。
だけどコンクール直前の無理な練習はご法度だ。
それまで着実に上げてきた調子が一気に崩れかねない。
ヴァイオリニストのお姉さんをもつ高瀬はそれを知っていたから、仕方なくホテルの部屋まで送り届けた。
高瀬が帰ったらすぐにピアノの練習をしに行くと言ってきかない彼女にあきれながらも、高瀬は一晩中側にいてくれた。