溺愛御曹司に囚われて
多くを望んで大事なものを手放すくらいなら、今あるものだけに自分を満足させて必死に生きているほうがまし。
他人の気持ちが自由に操作できるものでないのなら、私がそれを求めたところでいったいなにになるっていうの――。
そんなふうに思って高瀬に自分のすべてを預けられなかった私を、たとえ彼が見捨ててしまおうと思っていたとしても、私になにができるだろう。
ポケットの中のメモと口紅の持ち主を問いただしたとして、彼はそれをどう思うだろう。
かき消したはずの想像がよみがえってくる。
高瀬の腕に自分の腕を絡ませて、真っ赤な口紅をした唇の持ち主が私に向かって微笑んだ。
なにもすることのできない私を嘲笑って、見せつけるように高瀬にキスをする。
高瀬とその女の人はもうとっくに連絡先を交換していて、何度も落ち合い、触れ合って、高瀬も私には見せない顔を見せているのかもしれない。
「ううん、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」
笑顔を見せようと思ったのに、いつの間にか視界の端に溜まっていた涙が零れて頬を濡らした。
慌てて顔を背けても、グッと険しい顔になった高瀬は私を逃がさず覗き込んでくる。
「やっぱ具合悪いんじゃねえの? つらい?」
精悍な眉はハの字を描き、心配そうに頬を伝う涙をそっと拭う。
私は彼が今はまだここにいてくれていることにホッとして目を閉じた。
高瀬の腕が背中にまわり、そっと抱き寄せられる。
「少し休むか? つらくなりそうなら、念のため遅い時間でも受け入れてくれる病院を探しておくし」
私はその身体にしがみつき、スンと鼻を鳴らして首を振った。
「大丈夫。だけどもう少しこのままがいい」