ねぇ、先生。

「ほら、絵の具の匂いもしないでしょ」

そう言うと立ち止まって振り返った。

確かに、いつも微かに香る絵の具の独特な匂いがしない。

その代わりに、シャンプーか洗剤か分からないけど、清潔感のある匂いがフワフワと漂う。


「俺は落ち着かないんだけどね」

壁に貼ってる一枚目のポスターを剥がしながらそう言った。

「…あたしも、いつもの先生の方が好きですよ。素って感じがするから」

篠原先生は、いつだって本当の自分でいるような気がした。

絵の具付けて歩くなんて、きっとカッコ悪いって思うのが普通でしょ?

それなのに彼はそれを隠そうとも、消そうともしない。ずっとありのままの姿でいるから。


「変わってんね、咲良さん」

クスクス笑って、はい、とポスターを何枚か手渡される。

変わってる?あたしが?

…変わってるのはあなたでしょう。

あなたみたいにのんびりした教師、いくら探してもいないんじゃない?


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