【完】切ないよ、仇野君
時間にして、およそ数秒間だったけど、私達はその距離のまま、見つめ合った。


泰ちゃんの情熱的な瞳に見つめられた時とは違う、不思議な魔力というか、引力みたいなものを持ったべっこう飴色の瞳。


しかし、その瞳の魔力は、再びノックされた部屋のドアの音により簡単に解けてしまう。


「りんごジュースしか無かったけど良かー?」


さっきまでの雰囲気とは不づり合いなお母さんの呑気な声に、正直ホッとする。


……私、泰ちゃんのことが好きなのに、椿に支配されていた。


飲み物と椿お手製の生チョコを置いて出て行った母を見送り、再び二人きり。


「俺の目、凄くね?……ちー、泣き止んだじゃん」


ニッと無邪気に笑ってみせた椿はもういつも通り。


お皿に乗った生チョコを一個摘まみ、『ほれ』と私の口元に突き付ける。


それをぱく、と啄むと、まろやかな甘みに口の中が抱き締められた。
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