【完】切ないよ、仇野君
フロアには、バッシュの擦れる独特の音や、歓声、懸命な声援、皆の、相手の仲間へ込めた叫びが混ざり合い、このちっぽけな田舎に青春の歌を響かせる。
相手の緻密な作戦に流れを奪われる瞬間は、曲調が重苦しくなる瞬間のよう。
でもね、私がそこに、メインの明るいパートへ変わるよう、不細工な音を出せば。
「…………泰ちゃん!」
ゴールしか見てないその大きな背中が、私の音にちゃんと答えて、明るいメロディーを紡ぐ為のパーカッションみたいに、流れを取り戻してくれるんだ。
わっと湧き上がる歓声。オフェンスからディフェンスへ戻る道のり。
ベンチを通り過ぎる君は、私の伸ばした手に、少し痛いくらいのタッチと、いつもの柔らかな微笑みを残してくれた。
それだけで、甘酸っぱくて、ほんのり、切ない軋みが私を支配する。
この手に残るヒリヒリは、ゴールの下で確かに紡がれる、君と私の些細な物語を証明してくれてる、私はそう信じているんだ。
『切ないよ、仇野君』
【End】