【完】女優橘遥の憂鬱
☆結婚・祝福は……
 ――ドッシャーン!!

いきなり記者席から物凄い音がした。


恐る恐る其処を見ると、折り畳みの椅子が投げ出されていた。


『彼女は今でも後遺症に悩まされています。特に大きな音に敏感に反応します』

あの時社長は確かにそう言った。
誰かが社長の言った、その反応を見るためにやったことらしい。


俺はすぐに犯人の見当がついた。
それはこの会場に居ない人物……
神野海翔君だった。

確証はない。
でも何故かそう思ったんだ。




 彼女はあの時すぐに、事故直後のバスから救い出してくれたもう一人の母親の元へと駆け付けた。

喩え数ヶ月でも、彼女にとってはかけがえのない人なのだ。

小さかった自分にミルクを与えてくれた。オムツを替えてくれた。彼女にとっては大切な母親だったのだ。


『お母さん、大丈夫よ。私、此処にいる。今のお母さんには判らないと思うけど、あの時助けられた三ヶ月の赤ん坊は此処にいるよ!!』

彼女は泣きながら母を抱いて、床にゆっくり腰を下ろした。




 『うまく誤魔化せたね』

あの時社長は誰かに話し掛けていた。


『無理なことを引き受けていただきましてありがとうございました』

海翔君がそう言った時、やっぱりだと思ったんだ。


『やっぱりな。大きな音がした時、記者席を見たんだ。皆呆気に取られていた。そして誰がやったのかと探りを入れていた。何となくだが、コイツ等じゃないと思ったんだよ』

俺はそう言った。

そう、まだその時はまだ半信半疑だったけどね。




 でもまさか……、海翔君がそんなことをやるなんて。

俺は彼を買い被り過ぎていたのかな?


そう言えば、まだ彼は大学を卒業したばかりなのだそうだ。

それって、俺より物凄く下だってことだった。
今更気付くなんて……

俺って意外とバカじゃんか。


こんな、彼女を震え上がるらかほど驚かせて。

何を遣ってるんだよ。彼女が可哀想で見ていられなかったんだよ俺は。
そんな人の弱味に漬け込んで、いたぶるなんて……

信じられないよ……




 でも……
彼女は泣いていた。
自由になれるかも知れないと思って。


彼女は今まで監督に脅されてきた。
両親の借金を返すために働かさせられていた。
本当は無い借金のために。


彼女はあの時、やっと解放されたのかも知れない。



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