【完】女優橘遥の憂鬱
 監督に着せられたのは、ヤラセ疑惑だけではなかったのだ。


『AV撮ってでも返済しろ!!』
関係者は監督をどやし続けた。
監督の信用を失墜させて、自分達の利益に結び付けようとしたのだった。


仕組まれたことを知らない人達に、監督を雇わないようにさせるためだったのだ。

それには、AVを撮影させるのが一番だと考えたのだ。

復讐と利益。
一挙両得を狙ったのだ。


何故だか、監督にも判らない。
きっと、取材中にその人達の気持ちを傷付けたのかも知れない。


監督を失意のドン底に落とすためだったようだ。


監督はそれが解っていた。
だから……
社長に焼いたディスクを送り付けたのだ。

本当は社長に助けてもらいたかったのだと俺は思った。




 ヌードモデルの彼女は、俺の報道カメラマンになる夢を叶えてやりたいと思っただけだったのかも知れない。

俺はそんな思いを踏みにじった。

今更に、酷い男だったと気付く。


俺は果たして、妻を幸せに出来るのだろうか?
ま、確実に、俺は薔薇色の人生になることは決まっているけど。




 二十八年前、小さな産婦人科で誕生した命は三ヶ月後に行方不明となる運命だった。


愛情いっぱいに育ててくれた橘はるかさんは、事故の後遺症で時々育児を忘れる。


でもそれは育児放棄ではなかった。

その人は一生懸命に子供を育てていたのだ。

赤ちゃん手帳を持って検診に行った時、余りに育ちが悪くて通報される。


本当は、乳幼児突然死によって亡くなっていた我が子。

でも信じられず、手帳はそのままだったのだ。


その娘には事故の際に受けた傷があったようだ。

だから、体罰も疑われたのだ。




 そのまま、育児放棄として逮捕される。

でも、その後で本当の原因が明らかになる。

橘はるかさんは事故の後遺症で脳に血が貯まっていたのだ。

それが、時々育児を忘れる現況だったのだ。


でもその時はもう、子供は別な施設で橘はるかの娘として生きていたのだった。


育児放棄された娘と言うレッテルを貼られたままで。




 社長は監督に子供が渡されたと思っていた。

そう、遺品の中にあった、俺の父が撮影したフィルムを現像するまでは……




 監督が悪い訳ではないと頭では解っていた。
それでも俺は監督が許せない。

許せる訳がなかったのだ。




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