【完】女優橘遥の憂鬱
 監督はそれでも私に遣らせせるんだ。


「だから、判るだろ。今度の俳優が、絶対に顔を見せたくないんだそうだ」


「でも、だからって目隠しされたままで終わるなんて……、私に顔を見せたくないって言うことは、知り合いだと思うんだけど」


「だから、判ってくれよ。俺の立場も解るだろ?」


(監督の立場って? どうせお金でも貰って……)

私はそう思っていた。


体のいい売春だって噂もあるくらいなのだ。




 監督の映像は全てがモザイク処理されていた。
素人に遣らせていると印象を付けるためらしい。

実際にそうなのかは解らない。

だから私は、監督のいい金蔓だと噂されているそうだ。


私がAVを遣らされているのは、親が作った借金のためだ。
どんなにそれが悔しいかみんな知りもしないで……
私は自分の運命を恨みながら、嫌で嫌で仕方ない撮影におよんでいたのだ。




 「だっておかしいでしょう? 私を脱がせたいなら……、どうしてデニムなの?」


(絶対に何かがある? グラビアなら判るけど……、だって普段の監督の撮影ならデニムなんて絶対履かせない。さっさと脱がせて終了だから……。監督は長いことと、難しいことが嫌いなんだ。あの時だって自分から『俺は気が短いんだ』って言っていし)

そんな想像をしながら、コーヒーをすする。

そんな場面を監督はポラで何枚か撮影していた。


「それも、彼方さんの希望だ。どうやら手こずりたいらしいんだな」


「手こずりたい? 普通じゃ考えられないけど」


「それだけ、お前さんにぞっこんだったことだよ。一度遣らせてくれってお願いされたからにゃ、使ってやらない訳がない」


「あら、随分義理堅いんですね。私にも、それくらい気を配ってくれてもいいのに」


「お前さんらしくないぞ。これクルーに配っておくから、このまま来てくれよ。東口のイベント広場にあるライオンの前に一時間後だ。忘れないで来いよ。俺は先に例のスタジオで準備しているから」

監督はそう言うと、冷めたコーヒーを一気に飲んだ後、テーブルに千円置いて出ていった。


(えー、又彼処。私、彼処嫌い)

私はもうその時に、あのことを思い出していたのかも知れない。




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