【完】女優橘遥の憂鬱
 「仕事が一段落着いたら、両親に会ってくれないか? 確かめたいことがあるんだ」

彼は突然言い出した。


「何を?」


「行ってみないと解らないんだ。母なら何かが判る気がする」


「一体何だろう?」
私は首を傾げた。


「俺の恋人……じゃあない、結婚を前提で付き合っていることを打ち明けに行くんだ」


「えっ、結婚?」


「俺は貴女を幸せにしたいんだ。あっ、違った。俺が幸せになりたいだけだった。駄目だ。まだまだ優柔不断な男だな」


「一段落何て言わないですぐに向かったら?」
社長が言う。
でも彼は首を振った。


「その前にやることがあるんだ。それが済んだら一緒に行ってほしいんだ」


「うん、いいよ。私のような者を貴方のご両親がどう思うか本当は心配で怖いけど、私も貴方の傍で暮らしたい」

私は泣きながら彼の胸にすがった。




 実は彼はあの日。
私が以前所属していた事務所へ向かう前にある場所へ寄っていたようなのだ。

それが何処なのかは解らない。
でも、其処で何かを得たようだ。


「貴女が何を企てようとこの二人は魚籠ともしないわよ。深い処で繋がっているの」

社長はそう言いながら笑っていた。




 「やっぱり訴えよう」

社長が彼女に引頭を渡して帰した後で彼が言った。


「監督を訴えるの? やっと決意したね?」

社長は嬉しそうだった。
でも私は躊躇していた。


「勿論即OKよね」

社長の問い掛けに仕方無く頷いた。


暴行罪も窃盗罪も詐欺罪も時効だった。

だから訴えるなら、神野海翔、みさと夫婦に協力してもらうしかないのだ。

出来れば、みさとさんには迷惑を掛けたくなかった。

やっと幸せになれた彼女を巻き込みたくなかった。


彼女は今まで苦しんできた。
愛してはいけない人を愛したと思い込んでしまっていたから……

兄であるはずの海翔さんを愛してしまったからだ。


社長と出会った時に新宿駅西口にいたのは、海翔さんの働いている歌舞伎町に続くガードがその先にあると聞いていたからなのだ。

本当は東口前にあるスタジオでタレントの出待ちするために足を伸ばした訳ではないのだ。


でも未成年の彼女はお店に入れない。
判っていたのに彼女は其処にいたのだ。

恋しい海翔さんの姿を求めて……

兄ではない、恋人の海翔さんを……




< 44 / 123 >

この作品をシェア

pagetop