【完】女優橘遥の憂鬱
 『でもあの監督じゃあねー』

私はため息を吐いて誤魔化したのだ。


『監督はね、自分が逮捕されることを恐れたの。だから暫く大人しくなったけど、ハロウィンであれでしょ?』

苦し紛れにそう言った。


でも、その発言が彼女の心臓を跳ね上げさせた。

見た目で判った。
呼吸が困難になり、動悸も激しくなったことが。

彼女はハーハーと息をしながら、その場で蹲った。


『過呼吸症候群かも知れない。パニック障害の一つよ』

私は急いで彼女の元に駆け付けた。




 『この子はハロウィンの日に私に間違われて拉致され、スタジオで監督達に犯されそうになったの!!』

又バカなことを言っていた。

彼女が傷付くことを言っていた。


彼女のパニック傷害は、やはり私のせいだった。

彼女を苦しめたのは紛れもなく、この私だったのだ。




 彼女が気付いた時、ソファーに寝かしてビニール袋で呼吸をしていた私はホッとしていた。


『応急手当てはビニール袋に自分の息を吹き込みそれで呼吸すること』
私は彼女に諭すように言っていた。

自分の罪を棚に上げて。




 『ごめんなさい。まさかこんなことになるなんて思わなかったから』
私はそう言った。


『アンタがこんな格好で来るからよ!!』

社長が面接に来た女性を叱った。
その言葉に助かったと思った。


『本当にその格好じゃ男性の餌食になるわよ』
だから私はつい調子に乗って言っていた。

社長の知人のお嬢様に罪を擦り付けたのだ。

顔だけをその女性の方に向け、手で彼女を擦り続けながら……

自分の過ちの尻拭いを彼女にさせようとしていたのだ。




 今彼女は目隠しされて私の目の前にいる。

海翔さんが体を張って助けてくれたから、少しずつだが平常心を取り戻そうとしているのだ。


海翔さんに迷惑を掛けたくないんだ。
パニック傷害を起こして海翔さんを拒絶したくないんだ。


だから彼女は必死にハロウィンの悪夢と戦っているのだった。


だから……
そんな二人に迷惑を掛けたくないんだ。

私のせいで、もう二度とあの笑顔を奪いたくないのだ。


私の思いはそれだけだった。




 もし又……
彼女がパニック傷害を引き起こしたら、私はその時こそ生まれて来たことを悔やむだろう。


神様は何故私にこんな辛い試練を与えるのだろうか。




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