【完】女優橘遥の憂鬱
 「まあ、そう言うことにしておいてくれないか。あの娘をこれ以上苦しめたくないんだ」


「それは俺も同じです」


「私はプロポーズした日にはるかと――。でも……、だからはるかは戦場へ出掛ける前の監督の元を訪ねて結ばれたんだよ。彼女は監督に惚れ込んでいたからね」


「気持ち解ります。監督は俺の憧れでしたから」

俺は又……
気配りが足りない発言をしていた。




 「彼女は本当に裏切ってなんかいない。裏切ったのは私なんだ。この際だから白状しよう。これもオフレコだ。プロポーズした後で、俺ははるかに……。でも逃げられた訳だ。だから苦しさ耐え兼ねて出発前に監督と……。彼女は自ら監督に……。はるかは本当に監督を愛していたんだ」


「いえ、母はこう言いました。『貴女のお母様とは幼稚園の時からずっと一緒で親友だったの。久し振りに会ったのが、あの産婦人科だった。彼女は恋人が自動車会社の社長の息子だと知らなかったんだって。プロポーズされた時初めて打ち明けられたそうよ』と。はるかさんは彼女の父親が社長だったなら良かったと思っていたはずです」



「はるかは疲れきっていた。私はそれにつけ込んだ。自動車会社の社長の息子だと打ち明けて、関係を迫ってしまった。はるかを苦しめたのは私なんだ」

それでも社長は言っていた。


「でも、これだけ脅せばもう何も言って来ないよ。嘘も方便だ」


社長は俺に目配せをしながら、耳元で囁いた。


「そうだよ。そう言うことにしておいてくれ。だから行方不明になってもあまり心配はしていなかったんだよ。当時監督は日本に帰ってきていたから……、だから彼女が監督に子供を預けたと思っていたんだ。遺品の中のカメラに収まっていたフィルムを現像して、君のお母さんに事故の前に撮った写真だと聞くまでは……」





 「俺が見たあの写真ですね。あれがあったから、彼女にたどり着けたのかな? やっぱり運命だと思います」


「ありがとう。そう言ってもらえただけで……実は、はるかが監督を訪ねた時は、プロポーズから三月ほど経ってからだった。だから監督はあの娘を私の娘だと勘違いしたようだ」


罪の重さに耐え兼ねたのか、社長は彼女の父が本当は監督だと言っていた。

少なくとも俺にはそう聞こえた。

俺は一生、この秘密を守り続ける。

監督が入っている拘置所に向かって誓った。




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