【完】女優橘遥の憂鬱
 「監督は、彼女のことを知っていました」


「全て知ってて撮影した。ってことですか?」


「だと、思います。娘を育ててくれた両親が、借金を苦に自殺をして……。それでも残る借金を娘に払わさせようとした。『お前は育児放棄された子供だ』と言うことを知らしめるために名のらせたのです」


「育児放棄!?」


「監督は確か以前、報道畑だったですね。だから当然、その事実を把握していた。ってことですか?」


「だと思います。調べると判ると思いますが、私と家内は監督の古い友人でした」


「だったら何故、社長の行方不明になった子供だと気付かなかったのですか?」


「何故だか私にも解りません。それに、此方におられる橘はるかさんが育児放棄したと言うのは事実無根の判断でした」


「事実無根? そちらにおられる方は、育児放棄をしていないってことですか?」


「はい。その通りです。彼女は家内の乗ったバスで東京へ帰る途中でした。実は彼女の父親のお墓が其処にありまして、新生児突然死により亡くなった子供を埋葬した帰りだったのです」

私の知らない真実が、父の口より語られようとしていた。





 「彼女は、その時の事故の後遺症で、記憶障害を起こしていました。それとこれは良くあることだと聞いていたのですが、頭を打った時に脳に血が溜まり意識混濁を起こすこともあり得ると……。彼女は正にそれでした」

少し興奮しているらしく、気持ちを落ち着かせようとして時々水を飲む父。


それだけ第二の母のことが心配だったのだ。


第二の母は未だに事故の後遺症に悩まされていたのだった。


全身打撲に脳挫傷。

だから母は事故の記憶を失っていたのだった。


第二の母は本当は母から私を託された訳ではない。
母から私を奪ったのだ。

それは解っていた。




 「彼女の子供は亡くなった時三ヶ月でした。だから彼女は自宅に戻った後勘違いしました。私の娘を自分の子供だと思ったのです。それが……この行方不明事件の発端でした」


「それが何故育児放棄に繋がるのですか?」


「検診です。妊娠した時に渡される赤ちゃん手帳の中に記載されている月齢から見ると、娘は小さすぎたのです。当たり前なのです。娘はその娘より三ヶ月遅く産まれて来た訳ですから……」


「つまり、育児放棄ではない。か……」


「その通りです。彼女は今でも後遺症に悩まされています。特に大きな音に敏感に反応します」
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