【完】女優橘遥の憂鬱
 ――ドッシャーン!!

いきなり記者席から物凄い音がした。


恐る恐る其処を見ると、折り畳みの椅子が投げ出されていた。

誰かが父の言った、その反応を見るためにやったことらしい。

私は何事も無かったような素振りをみせた。

本当は心臓が飛び出すくらいに驚いていたのだ。


でも……
頭を抱え込み、育ててくれた母が蹲っていた。

突然のことで頭が混乱したのだろう。

ワナワナと震える体は誰かを求めるように立ち上がり、両手を伸ばしながら徘徊を始めていた。


私を探しているのだと思った。

大きな音が、きっとあの事故現場を思い出させたのだ。


(あの時も母はこのようにして……だから私は助かったのだ)

事故の模様は判らない。
でも私の小さな命はその時救われたのだ。




 私は急いで第二の母の元へと駆け付けた。


「お母さん、大丈夫よ。私、此処にいる。今のお母さんには判らないと思うけど、あの時助けられた三ヶ月の赤ん坊は此処にいるよ!!」

私は泣きながら母を抱いて、床にゆっくり腰を下ろした。


「悪戯にもほどがあります。そんなに、この方を傷付けたいのですか!?」
父は怒りをぶちまけた。


「これで、タイトルは決まりですか? 橘遥の父、記者会見場で暴れる。とか? 私は何時でも受けて立ちます。全力でこの娘を守ります。どうか、この娘を幸せを奪うような行動はお控えください。よろしくお願い致します」

父は椅子から立ち上がった。


「お願い致します。もうこれ以上……、この二人を傷付けないでやってほしいのです」

そして記者席に向かって土下座をした。


「私からもお願い致します。どうか彼女を好奇心の目から御守りください。彼女を静かに暮らさせてあげてください」

彼も、そう言いながら父の隣で土下座をしていた。


一斉にフラッシュが炊かれる中で、微動たりしない二人。


彼も父も、思いは一つ。
それは私の幸せだった。




 「出来ることなら、娘のことは記事にしないでやってほしいのです。インターネット上では、娘は既に死亡していると聞きました。だったらそのままにしておいていただけますか? 確かに橘遥はもうおりません。この娘は今日より別の人生を歩んで行きます。だから……、どうかよろしくお願い致します」

父は記者席に向かって頭を下げた。




< 98 / 123 >

この作品をシェア

pagetop