茉莉花の少女
 彼女の体の向こう側にはあの茉莉花の存在があった。

 昨年見たときと同じようにひっそりとたたずむように咲いていたのだ。

 彼女は呆然とその花を見ていた。

 そして、押し殺したような声が辺りに響き渡る。

「勝手だよね。つきあおうって言って、実は結婚しますとか。

結婚するって言っていたのに、そのことを迷ってしまうなんて」

「そうするしかなかったんだろう?」

「あの家を売りたくなかった。わたしの家だったから。家族だったから」

 彼女は家族を失っている。もしかするとそのことに対する恐怖があったのかもしれない。

 本当は僕がその家族になれればよかった。なりたいと思っていた。

 でも、できなかった。

「会社が潰れたら借金も残るし、働いている人も困る。

でも、あのとき即座にお金が準備できれば会社は持ち直せるって言われたの」
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