茉莉花の少女
 そして、また花を開かせ、甘い香りを放っていた。

 思い出となったはずの彼女の記憶が、声が脳裏に鮮明に蘇る。

 今、彼女が目の前にいるかのように。

 鼻の奥が刺激されるような感覚を覚え、何度も首を横に振る。

 時間は人の心を癒してくれるといっていた。記憶を色あせさせるものだと言っていた。

 けれど、何度そう強く思っても彼女の記憶を呼び起こすたびに、僕の脳裏に彼女の笑顔が、声が蘇っていく。

 そして、少なくともあのときと同じ気持ちを彼女に抱き続けているということに気づかされた。

「茉莉」

 思わず彼女の名前を口にした。

 けれど、そんな自分に気づき、自分を戒める。

 右手の人差し指で、目元を拭う。

 そして、唇を噛むと林との待ち合わせ場所に向かうことにした。
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