茉莉花の少女
「帰るから。じゃあな。一応、礼を言っておく」

「またね。久司君」

 彼女の言葉に最大限の嫌な予感を感じながら、その理由を聞くことはしなかった。

 余計なことに関わりたくなかったからだ。

 春の暖かい風が僕の傍を駆け抜けていく。

 その風の後先を追うように振り返る。

 そして先ほどの嫌な女の姿を探す。

 彼女のことが気になったわけではなく、あくまで振り返ったついでに、だ。

 彼女はまだあの場所に立っているのかもしれないと思ったからだ。

 だが、先ほどまでいたはずの彼女の姿が忽然と消えていた。

 背後にいたのは行き交う顔も知らない人ばかりだった。

 僕は首をゆっくりと回し、凝りをほぐすと家に帰ることにした。
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