学芸員の憂鬱
フェチ×オタク=能力。

「このまま突き当りを右に行って下さい…」

「すみません!ありがとうございます…間に合う?」
慌てた様子で手を引く母親と内股気味に歩く子供の後ろ姿を見送り目線を落とす。

(あの位の子に博物館(ここ)は退屈なだけかもね…)
壁に沿って置かれたパイプ椅子に座り直すとタブレットを起動させる。

きっちりと釦の留められたブラウスの
胸元には館内パスが掛かっていた。
(学芸員 巡 雨衣)と書かれているパスは、初見で正しく読める者はいない。

最近で言うキラキラ感が否めない名前だが本人(めぐり あめい)は自分の名前を気に入っている。
そんな雨衣が勤めているのは、日本を代表する観光スポットとして国内外からの人気が高く、過去の戦時下でも空襲を受けず歴史的建造物や品々が残る市内の博物館である。

主立った雨衣の仕事は別にあるのだが、暇な時は先ほどの様に案内や館内の監視を担当する。
雨衣からトイレの案内を受けた親子も学校行事の一環で博物館を訪れている。

(晴れてたら動物園やったのにねぇ…)
それなりに館内を楽しむ子供達に目を細めるとタブレットに目を落とす。
箇条書きされたページが開かれるが、文字は数行毎にフォントサイズが違っている。

「今日は子供が多いんだね…」
実際に触れる事が出来る火縄銃を前に、群がる子供達を横目にタブレットを見ている雨衣の前に影が出来た。

「…雨やからね…」

「そうだよね…俺も濡れちゃった…」
ぱたぱたと服を叩き雨粒を落とす。

「傘させば良いやろに?ここで落とさんで…」
タブレットの画面と自分に落ちる雨粒に、やっと雨衣は顔を上げる。

「雨も傘嫌いだから…」
詰め襟のホックを外しながら笑う。

「… …」

「何?」
雨衣が自分を見上げ、顔を強張せるのに気付いた学生服が笑う。

「…何しに来たの?」

「何…って…館長に呼ばれたんだよ…雨衣に会いに来た…って言った方が良かった?」
怪訝そうな表情の雨衣とは逆に笑顔を見せたのは、 ( 少年)とは言い難い落ち着いた雰囲気を漂わせている学ラン姿の少年だった。

「館長に?」
仕方なさそうに雨衣が立ち上がる。

「そう。何か持ち込まれたの?」
社内証を兼ねたパスを首にかける。
戌亥 尽(いぬい じん)と書かれていた。
雨衣と同じく初見で正しく読める人は少なそうな名前だ。

雨衣は溜息をつく。
「…今日は館内に居たから知らない」

「やっと学力テストが終わったから、久しぶりに遊ぶぞ…って思ったら呼び出しだよ」
尽は、しっとりと濡れた黒髪を気にしながら雨衣の前を歩く。

「髪、乾かしなよ…」

「そうだね…後で修復部でドライヤー借りるよ」
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