学芸員の憂鬱
少し待たされた雨衣は、さらさらと風音を立てる百日紅の木を眺めていた。
「お待たせしてすみません…宮司の棚田です」
声に反応した雨衣が振り向き、咄嗟に宮司を介する為に立ち上がる。
「知新博物館の巡です…あの…大丈夫ですか?」
「ありがとうございます…びっくりされたでしょう?色んな意味で」
ソファーにゆっくり腰掛けながら宮司が柔らかく笑う。
「お忙しい所、申し訳ありません」
「畝から聞いています…すみません、すぐにお相手出来れば良かったのですが…健診があって」
宮司は大きくなったお腹を撫でる。
「いえ…」
「もうそろそろ出て来てもおかしくない時期なんですけど…あ…十二天将…でしたね?」
雨衣は頷く。
「二体…青龍、白虎の事でしょうか?」
まだ、像については一言も…写真すら見せて居ない雨衣が棚田の笑顔に息を飲む。
「残りの10体も?」
「いえ…像の形をしたのは二体だと聞いています」
「現存する物がですか?」
「いいえ…像になったのが二体だけなんです」
先に雨衣が歩いた同じ道を、寸分違わずに尽は急ぐ。
一つ違うのは、雨衣を辟易させた光と照り返しを作り出していた太陽が日影を作り出す程に傾いている事位だろうか?
干し草を喰む神馬が耳を動かして顔を上げる。
「雨衣来てる?」
尽の姿を確認した神馬は再び視線を落とす。
(これで通して貰えるかな…)
一抹の不安はあるが知新博物館のパスを首にかける。
正規のパスなのは間違い無いのだが…
制服だと怪しまれるのは何時もである。
「最悪…不本意だけど…ウチの神社の名前使わせて貰うか…」
玉砂利の音を立てて社務所へ向かう。
「二体?」
だんだん辻褄が合って来るが、核心に触れず話を聞き出す。
「そうです…」
棚田の声を割る様に常勤の巫女の声がする。
「お話中、申し訳ありません…知新博物館の方は…もう、お見えですよね?」
身重の棚田を庇い、雨衣自身がドアを開けに立つ。
「はい…私ですが…」
「それが…もう一名お見えでして…」
(尽君だ…)
「知新博物館の…同じパスをお持ちなのですが…」
巫女が雨衣のパスに目をやる。
「学生服なんでしょ?お通しして…」
棚田が先に言う。
「分かりました…」
巫女は一礼をして部屋を下がる。
「あ…あの…」
「…知新神社の方ですね?」
雨衣が昨日、初めて知った事を棚田は知っていた。
「…ご存知なのですか?」
「はい…その方を加えてからお話しした方が良い様ですね」