学芸員の憂鬱
「…失礼します…」
尽が部屋に通された。
「どうぞ…こちらに…」
棚田は雨衣の横の席を勧める。
「突然押しかけてしまい申し訳ありません」
深々と頭を下げる尽に併せ、雨衣も頭を下げた。
「構いません…分かってましたから…貴方も能力をお持ちなんですよね?」
にっこりと棚田が笑う。
「はい…間違いありません」
今まで半信半疑だった雨衣だったが、尽の返事でそれは消えた。
「要は…私も感ずる能力を持つ事がある…と言う事です…」
「持つ事がある?」
初めて同胞以外の能力を持つ者の人懐こい笑顔に尽は戸惑う。
「期間限定…十月十日の間だけです」
尽は分かっていない様子だが、流石に雨衣が反応した。
「じゃあ?」
「もうすぐ消えてしまうと思います…」
再び、棚田はお腹を撫でる。
「では…私達が来る事も…像が見つかるのも?いや…その前の…盗難か紛失かという疑問も、その原因だって分かってたんですね?」
棚田はゆっくりと頷く。
「知っていました…」
「なら…どうして…」
「知ってました…もどかしい事に私には、それだけなんです」
「視る事しか許されていないからですね?」
尽が落ち着いた声で言った。
「そうです…」
「いつ…気付いたの?」
すっかり日の落ちた坂を二人は下る。
坂の両側に軒を連ねる店舗は店じまいを始めていた。
「ん…あ、ねぇ…十月十日って…結局何?」
また、話を逸らす様に尽が雨衣の顔を覗き込む。
「…出産までの目安…10ヶ月と10日」
(また逸らされた)と雨衣は思ったが掘り下げなかった。
「じゃあ…(消えてしまう)って出産なんだ…」
「多分ね…」
「…見てるしか出来ないよりは…まだ…俺の方が出来る事があるかな…」
首に下げたままだったパスを外し、棚田から聞いた話を思い出す。
「そう?」
こればかりは雨衣は共感出来ない。
「これから博物館に戻るの?」
「報告書を作らなきゃ…その出来で像二体の行き先も決まるからね」
「雨衣は?あの像はどうなれば良いと思う?」
「それは…神社に返却されるのが一番だけど」
下り切った坂を振り返る。
「本当は…あの人…像がどうなるかも知ってるんだろうな…」
「棚田さんの事?」
「うん…知ってて何も出来ないのは辛いよな…」
困った様な笑顔で尽が笑う。
「…尽君…」
「あ…苦しいと言えば…侘助さん、二日酔いだって!雨衣も?」
「多分…初めてだったけど…あれが二日酔いなんだと思う」