学芸員の憂鬱

「じゃあ…あの香り…龍涎香だったんだ?」
報告書の提出に行った雨衣を待つ間、尽が下書きを修復室で読んでいる。

「右手から成分が出たらしいですね…今、思うと確かに不自然に掌を見せた像でしたね」

像を持っていた亘理家の歴史も調べる事になった雨衣は奈良県で龍涎香に辿り着けた。
「うわ…亘理家の借金返済のために掌に乗ってる龍涎香だけを売り払ったのか…酷いな…」

「当時は偶然でしか手に入らない物だったんですから…像の掌のサイズに似合う大きさの龍涎香なら、返済助かったと思いますよ…龍の涎(よだれ)の香りと書くんですが、当時、正体が分からず海辺で(偶然に拾う)事でしか手に入らない香料だったんですよ」

「そんなに珍しいんだ?確かに…実物は見たこと無いな…」

「特に亘理家があった奈良県は海がありませんからね…高く売れたと思います」

「今も珍しい?似たような香あるよね?」

「鯨が分泌するんですよ。今は化学合成した物もありますから、香水なんかに使われています」

今でこそ調査捕鯨程度だか、捕鯨がされていた事は刃の知識にもある。


「あれ…来てたんだ?」
館長室に報告書を提出し、亘理家、棚田神社にも同じ内容の書類を発送し、修復室に保管していた像を引き取りに戻ると、尽用の資料として一緒に保管されていた和紙を取り出す。

「これからどうなるの?この像…」

「それは、私が決める事じゃないから…後は、亘理さんと神社の話し合いかな。でも、ここ(博物館)に並べておく物でも無いと思う」

尽の協力を得た雨衣仕事はここで終了となる。

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