学芸員の憂鬱
襖絵
制服の学ランでは暑い季節になり合服への切り替えが進み、尽の通う高校の黒白の比率が半分位になっていた。
尽はその様子を教室から眺め、学ランを椅子の背もたれに引っ掛けていたが、突然鳴り出した携帯にポケットを弄る。
「尽君?」
電話は伊勢からだった。
「そうです…今ですか?大丈夫です…」
通常、アルバイトの依頼は雨衣から連絡が来るのが普通なのだが…
前回と言い伊勢からの連絡となった。
雨衣も駆り出されて向かった場所に行って欲しいという連絡だった。
(あー…多分、この奥…)
古い町家が並ぶ通りの小さな門の中を覗くと、見知った後ろ姿が見えた。
「侘助さん」
いつも修復室でしか姿を見ない侘助が振り返る。
「尽君…呼ばれたんですか?」
「伊勢さんから連絡があって…何か見つかったんですか?」
「巡さんよりも私の方が専門と言う事で修復室から出て来ました」
「ここ…普通の民家ですよね?」
止まっているリフォーム業者の車と雨衣が話している相手の制服を見る。
「最近、町家リフォームが流行ってますからね」
「で…何が見つかったんですか?」
侘助が手渡すデジタルカメラを覗く。
「では…博物館で引き取らせていただきます」
大家だと言う柔らかい物腰の女性に雨衣が頭を下げて振り返る。
「雨衣」
「尽君…館長から呼ばれたの?」
「そう。で…俺に出番はありそう?」
「先ずは…レントゲンですね…先に戻ります」
丁寧に外され、梱包される襖を積み込むトラックに侘助が乗り込む。
「今回は…侘助さんと尽君のコンビが活躍しそうじゃない?」
「紙だからね…それより俺…空の下にいる侘助さん初めて見たかも」
「じゃあ…リフォーム会社のアルバイトが見つけたの?」
町家近くの茶庭で尽がわらび餅を摘む。
「普通は…紙で出来てる襖に洗剤付けて磨こう…なんて思わないよね?でも、確かに見た目は木戸に見えたから間違ってもおかしくないか…」
町家のリフォーム前に入ったクリーニング業者のアルバイトが犯したミスから襖絵が発見された。
「さっき、写真見せて貰ったけど…牡丹?」
雨衣に口元に着いた黄粉をジェスチャーで教えられ尽は口元を拭う。
「襖絵…上塗りされてたのが気になるよね?」
柚子茶を飲み干した雨衣が立ち上がる。
「もう行く?」
「襖の資料探さなきゃ…」
「そんなに珍しいの?」
「襖を飾ってる博物館は少ないでしょ?」
修復室に戻ると、伊勢も侘助と同じプロテクターを着けてパソコンの前に居た。
「これが全体です。上に被せてあったのは柿渋を染み込ませた和紙ですね…わざわざ薄く削った木を貼り付けて木目まで作ってある…」
雨衣が持ち帰ったわらび餅を取り分けながら侘助が分析結果を見せる。
「下の絵に関してはまだ何も調べてはいないが、淵の部分は金箔なのは間違い無いと思う」
おもむろに立ち上がった尽を伊勢達が目で追う。
尽はレントゲン撮影の為に立て掛けらた襖に顔を寄せる。
「何か感じますか?」
侘助が近づく。
「えっと…洗剤の匂いがする…」
「でしょうね…」
「とりあえず、明日から侘助君は柿渋紙までの剥離、巡は家主の方に話を聞いて資料作成」