学芸員の憂鬱
「こんにちわ…」
しばらく博物館からも雨衣からの連絡も無く、やきもきした尽は学校帰りに修復室に立ち寄った。
「尽君…呼び出しですか?」
いつもの机では足りず、畳を敷いた上で侘助が四つん這いになっていた。
「いや…連絡が無いから来てみました」
「なかなか手強いんですよ…木目と和紙が一体化してしまっていて」
剥離作業が進んでいる箇所は小さい。
「本当だ…あの洗剤使えば早いんじゃないですか?」
冗談のつもりで刃が言うと、真顔で侘助が顔を上げる。
「あっ…すみません…冗談のつもりで…」
慌てて尽は詫びる。
「盲点でした。洗剤の成分ですよ…傷めずに剥離出来る物が含まれてるのかも知れないですね…」
その後、修復室に雨衣が呼ばれた。
「洗剤を?」
「はい、例のクリーニング業者さんにお願いしてもらえませんか?」
「それは、構いませんけど…」
「手に入ったら科学室にまわして下さい」
「雨衣?博物館に科学室があるの?」
雨衣とクリーニング業者のビルに向かう事にした尽は、足繁く通っているが立ち入った事の無い博物館内の科学室に興味を示した。
「まぁ…成分分析したり、再現したりする部署かな」
「再現?」
「そう。最近だと…古代米の籾を発芽させたり、文献に書かれてる料理を再現したり…」
「ああ…前に縄文ケーキとか作ってたやつ?あそこが科学室?料理の再現だけしてる部署かと思ってた」
「思われがちだけどね…顔料の分析とか得意なチームみたい」
二人はクリーニング業者の応接室に通された。
「あの洗剤をですか?」
「はい…襖絵を取り出したいのですが、古い物で剥がれなくて…」
雨衣が経緯を説明する。
「それは構いませんが…当日に担当したアルバイトが、とても落ち込んでいまして…」
「あの状態だと誰が見ても襖には見えませんから…むしろ…久々の大きな発見になるのでは…と担当者達は期待しています」
「…そう言っていただけると嬉しいです…伝えておきます」
サンプルを貰った二人は博物館に戻る。
「サンプルを雨衣が分析に出しに行ってます」
尽が畳敷きになった部屋を覗く。
「ありがとうございます…」
胡座をかき侘助は数種類の和紙を見比べていた。
「これが洗剤のサンプルです…一応、嗅いでみたけど…分からなくて…その和紙は?」
「柿渋を含ませてみました…濃い方が繰り返し塗られたものです」
尽に手渡す。
「これも香りが無いですね?」
「今は、無臭の物があるんですよ…意外に万能なんです」
「じゃあ、柿渋が使われてる…って事は珍しく無いんだ?」
「今でも染色の型紙や防腐に使われています…昔から即身仏の防腐、木材の防腐、染料として衣服に、民間療法の薬にも」
得意分野の話に少しだけ侘助は饒舌になった。
「侘助さん、成分出ましたよ」
雨衣が結果を持って帰って来る。
「早かったね?」
「そんなに珍しい成分は入って無かったみたいで…」
「タンニン…柿渋の成分も入ってるんですね」