学芸員の憂鬱

「失礼します…」
恐る恐るドアを開けて尽が部屋を覗くが、館長の伊勢の姿はない。

「いらっしゃらない?」尽の背中に聞く。

「うん…いつもの場所じゃない?」
二人は元来た廊下を半分以上戻り、館長室よりも伊勢が多く入り浸るレントゲン室に向かう。

「失礼します…館長は…」

「ああ…尽君、呼び出して悪かったね…」
伊勢はレントゲン用のプロテクターをつけた姿で振り返る。

「何か新しい物が来たんですか?」

(蔵を解体する時に見つけた…)
(価値がありそうだから持って来た…)
(鑑定してほしい…)
様々な理由で、この博物館に運び込まれる物は多い。
しかし…
一番多いのは古都だからこその理由で持ち込まれる。
(先祖の持ち物を寄贈したい…)
これが意外に多い理由である。

「この二体の像だよ」
伊勢の前には50cm位の像が並ぶ。

「寄贈ですか?」
尽は雨衣から手渡される白手袋を受け取りながらも視線は逸らさない。

「ん?ああ…」
伊勢は言葉を濁す。

「…また、何かの呪いが?」
尽に遅れながら白手袋を取り出し雨衣が聞く。
決して冗談で言っている訳では無く、自分ではどうする事も出来ない…と神社等に持ち込まれた物が送られる事もあるのだ。

「そこなんだが…」
伊勢が書物をめくり尽の前に置く。

「十二…天将…?」
呟く様に名を確認する尽につられ、雨衣も確かめる。
「天将?神将じゃなくて?」

「天将だから…陰陽道ですよね?」
嬉しそうに尽が伊勢を見上げる。

「ああ…箱は亘理家の御紋の入ってるんだが…」
そんな尽とは反対に伊勢は苦い顔するのを雨衣は見逃さない。

「あの…館長…これ…同じ方からの寄贈ですか?」

「そうだが?」

「値打ちもだけど、新発見があるかもね」
少なくとも自分の前では沈着冷静な尽が興奮した声を出した事に雨衣は驚いた。


「ああ…そこなんだ…」
改まった伊勢の声に、素直に顔を上げる尽と(嫌な予感)を感じつつ顔を上げる雨衣を伊勢が見据える。

「俺の出番?」
やっと察した様子の尽が笑い返す。

「ああ…尽の嗅覚を借りたい…」
(やっぱり…)嫌な予感を的中させた雨衣は顔を強張らせる。

「いいですよ…」
簡単に二つ返事する尽の旋毛辺りを雨衣は睨む。

「そうか…詳しい事は巡に書類を作成させて、同行させよう…」
伊勢は安堵した表情を浮かべると、二体の像に視線を落とす。

これで雨衣の(嫌な予感)は全て的中する形となった。
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