学芸員の憂鬱
「確かに達筆ですね…」
「そうです…その美しさから読み捨てられた物を会合場所になった旅籠の主が掛け軸にして飾ってたみたいです」
掛け軸の糊を剥がし、文を取り出す作業を進める。
「文字が読めてたら慌ててた内容だな…結構、激しい事を書いてますね…燃やしたりして隠滅しない方も甘いけど。あ…ドライヤーありがとうございました」
髪を乾かし終わった尽が話に加わる。
「激しい事?」
拾い読みしようと雨衣が必死に文字を追う。
「どう?読めた?」
少し嬉しそうに尽が言う。
「…ダメ…ここまで崩してあると…尽君は分かるの?」
「来週、倒幕派を狙った取締りがあるだろうから、そこを狙い返り討ちにする…って感じかな」
「…大方は合ってますね…」
手を止めず侘助が呟く。
「綺麗な文字ってのは分かるんだ?」
更ににやにやしながら尽が言う。
「分かるよ!達筆かどうか位は…」
ムキになり答える雨衣に侘助が口を挟む。
「巡さんの文字も達筆の域ですよ…」
「いや、侘助さん…雨衣は…」
「知ってます…フォントのオタクなんですよね」
侘助が顔をあげ黒縁メガネを指で上げる。
「この人の文字が好き…って思う事ありませんか?」
顔を赤らめた雨衣は言う。
「…まぁ…私は高校の頃の世界史の先生の文字が好きでしたが…」
「ですよね?ありますよね?それと同じで…それが入口になって世界史好きになりませんでした?」
「まぁ…嫌いではないです。ノートも取りやすかったですから」
「要は文字フェチ?」
「それもやけど…携帯や端末から出す文字って嘘字が絶対に無いし…あー…どう言えば言いかな…」
説明に困る雨衣を嬉しそうに尽は見ている。
侘助は顔色を変えない。
「…巡さんのタブレットが良い例ですよ…ノートや教科書の要点に赤線を引く感覚に近いのでは?」
「だから…あんなに資料が見にくいのか?」
やっと理解した尽が言う。
「一番大切な部分が勘亭流…見解や憶測はアンチック体…通常はゴシック体…分かり易いと思うんだけど」
「…人それぞれですから…」
「だから…書物や手紙の崩し文字が読めないのか…」
「崩し文字はフォントてま出せないから…アルファベットならあるけど嫌いや」
侘助の言う通り、雨衣は文字フォントのオタクである。
資料を独特の方法でまとめる。
「タブレット無くても量ある資料を暗記出来てるよな…その能力が欲しいよ…」
今日が最終日だったテストの出来を思い出し尽が笑う。
「貰った資料を読む、フォントを変える為に打ち込む…これで覚えちゃうでしょ?少なくとも二回は目を通すから」
「それが巡さんの能力なんですよね…」
作業を続ける侘助は紙に拘りを持つ。
「一番凄いのは尽君や思うけどな…」
雨衣は調査の資料として侘助が準備した物に視線を落とす。
その、資料は調査対象の像二体にそれぞれ施されていた。
「…揉み和紙ですからね…普通の和紙より繊維が柔らかいので入りやすいとは思いますが…」
侘助は最高の紙を用意していた。
「ありがとうございます…実物を持ち歩けないから助かります」
「いえ…色や形…重さや味や感触も無い物から調査が可能なのが尽君の能力ですからね…」