学芸員の憂鬱

「…青竜(せいりゅう)」

一応、周りを見渡した尽が袋の中の和紙の匂いを嗅ぐ。

「…覚えた…次…」

「こっちが勾陳(こうちん)?」
同じ位の間、和紙の匂いを嗅いだ尽が自分でジップを閉める。

「…覚えたの?」

「んー?覚えた。あ…同じ匂いがする所がある…後で行く?」

「うん…」
先に歩き出す尽に続く。

昼食は尽が友達と学校帰りに立ち寄る事があるというお好み焼きの店で済ませた。
「気に入らなかった?」
尽が心配そうに聞く。

「ううん…美味しかった…牡蠣がプリプリしてて…」

「良かった…いつも雨衣にチョイスして貰ってるから俺も張り切ったけど…学校帰りの行き先なんか知れてるからな」

雨衣に会うために博物館に来た…と恥ずかし気も無く言ったり、耳元で囁いて雨衣の反応を楽しむ尽の高校生らしい部分を見た気がした。

「ありがとう…本当に美味しかったから侘助さんにも勧めなきゃ!」

「どういたしまして…じゃ、何処から?」

「10体を置いてある神社に行ってみる?ちょうど特別展示の時期で公開されてるから」


「こんにちわ…ご連絡差し上げました巡です」
パスを受付で提示する。

「お待ちしておりました…お通り下さい」
同じ様に尽も入場する。

「もう、二体の話してあるの?なんか…俺がパス持ってるの疑ってない?制服かな?」
小声で尽が言う。

「言ってません…慎重にしなきゃ、万が一(贋作)の時が大変でしょ?特別展示を見学させて欲しい…って言ってあるから」

「じゃあ、順序通りに周る?神社、あまり来た事無いからさ…雨衣は?ずっとこの街に住んでるの?」
嬉しそうに尽が笑う。

「ううん…実家は奈良県だよ。尽君は?」

「途中から…生まれたのは何処なんだろ?じいちゃんに聞いてみるよ」
雨衣が自分の事に興味を持っていると気づくと尽は嬉しそうな顔をする。

「うん…」
それを知っている雨衣は伊勢や侘助の言っていた事を思い出す。
(尽は…あの嗅覚を利用されて来た…)

(尽君は、今が一番楽しいんだと思います…私にはダルくて嫌でしかなかった学校のテストでさえ…)

「雨衣?ここ?」

「あ…うん…ここに展示されてる」

少しだけ眉間にシワを寄せた雨衣を心配そうに見下ろす。
「どうかした?あ…さっきのお好み焼きの牡蠣?本当は苦手だった?」

「違う、違う…ほら入るよ…」
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