学芸員の憂鬱
普段は展示から外されている社に入る事が許される期間は短い。
手を伸ばせば届いてしまう様な場所に、目当ての十二天将の内の10体が並ぶ。
「使われてる塗料類は…同じ時代位かな…?」
金で縁取られた部分と、色褪せた漆の色を持参した写真と比べながら雨衣が持参したオペラグラスを尽に手渡す。
「オペラグラス持ち歩いてるの?」
「博物館ほど近くで見れない物だってあるから…」
掲げられた案内を尽が読む。
「大きさも変わらないみたいだ…約50cm…雷が原因の大火で二体」
「これだけ記録に残ってるなら…博物館にある資料でも分かったかもね…」
少しだけ重い足取りで二人は博物館に戻って来た。
「…今日はこちらにもいらっしゃいませんよ?」
伊勢の姿はレントゲン室にも、修復室にも無かった。
資料を取りに行く雨衣は尽を修復室に残した。
「あの…侘助さん…」
「はい」
そこに居たのは紛れもなく侘助だったがスーツ姿にエプロン姿では無かった。
「…私服…ですか?」
思わず尋ねてしまう。
「そうです…休日出勤なので…」
口調や声は侘助なのだが、ギャップがある。
いつも、きっちり分けられた髪はナチュラルに降ろされ、細身のパンツに似合う色のニットが合わせてある。
「…私の事は良いです…何か分かりましたか?」
「あ…はい…この二体はあの神社のではないです」
「もう、結論が?」
「はい。今、雨衣が資料を取りに行ってます…大火で焼失してて…」
「侘助さん…いらしてたんですね…えっと…あの…」
十二天将が置かれている神社に関する資料を机に置きながら雨衣が侘助を見ているのを見越し侘助は呆れた様子を見せた。
「…私服です…休日出勤なので」
雨衣の次の言葉を待たずに侘助が答える。
「…そうですか…あ、聞きましたか?これは贋作の様で…」
「聞きました…ここは資料室では無いのですが…まぁ、良いでしょう」
自分の机の上の照明とスタンドを消し、雨衣達の居る机に照明を点ける。
「ありがとうございます…今日は一日こちらへ?」
雨衣が横に座る侘助に聞く。
「いいえ…到着したのは先程です…朝から買い物に出ていたので…」
「なら、お昼誘えば良かったな…結構、近くに居ましたよね?河原から」
「…ええ…感じたんですか?あの付近に行きつけがあるので…」
「そうなんですか?あ…そうだ…侘助さんは渋茶色らしいですよ?」
「渋茶?ああ…私の色ですか?尽君にとって良い意味合いの部類なら良いのですがね…」
顔色を変えずに資料を開く。
「匂いが色で見える相手は良い意味合いだと思う…限られてるし、俺を気味悪がらない…人だから」
広げられた資料に目を落としたまま、素直に答えた尽に雨衣と侘助の二人が、驚いた様子で自分を見ているのに気付き、尽は顔を赤くする。
「そうですか…そう言われたら嫌な気はしませんね…渋茶色は落ち着いた色ですし」
ふっ…と侘助が笑う。
「私は飼ってた犬と同じ色らしいんですけどね…侘助さんは、いつもあの辺りでお買物を?」
「その服も?」
滅多に見ることの無い私服姿の侘助に尽は興味を示す。
「ああ…このカーディガンは姉が染めた糸を使って…後は市内で」
「お姉さん居るんだ?似てる?」
「ええ…同じ顔をしていますよ…双子なので」
「双子?」
「そうです…私が生糸屋を継がずに好き勝手をしているので、姉が継いでいます」
市内で有名な生糸を取り扱い、羊毛や綿など自然素材を使い織物を売りとした店を雨衣は思い出した。
「もしかして…神社やお寺にも?」
「ええ…袈裟や千早を…」
「千早?あの巫女装束の?」
「そうです…さ…私の事はもういいでしょう…十二天将の話を…」