学芸員の憂鬱
一通り、神社で見た像の話を終えた二人は侘助と別れ博物館を後にする。
春先には侘助が可愛い花を咲かし、秋は紅葉が紅くなる正門までを歩く。

尽用に準備した資料も侘助が再び二体の像に忍ばせた。

「これも侘助って言うの?侘助って花なんだ?」
赤や白、ピンクの斑の小さな花が控えめに覗く。

「知らなかった?椿より小さい花なんだよ」
唯一、雨衣と尽が博物館に関係の無い話をしながら歩くのが正門までのこの道。

「明日は?雨衣は何するの?」

「日曜日だし、そろそろ部屋の掃除しなきゃ」

「じゃあ、続きは月曜日の放課後で良い?」

「四時頃?あ…川原は嫌だからね」
二人は、尽が感じた二つの匂いの先を見つけに行く事にした。

「分かった…終わったら知らせる」

「うん…じゃあ…」
刃は東へ、雨衣は西へ…
東西に分かれた寺院を目指して歩く。


「こうなって来ると…何故、この二体が作られたかが気になって来るよね…このまま仕舞い込むのも、お返ししてしまうのも惜しい」
月曜日…
雨衣の報告を聞くために伊勢が、珍しく館長室の椅子に座っていた。

しかし、相変わらずレントゲン用プロテクターを着用している。
(やっぱり…)と思いながら午後からの外出届を提出する。

「午後から尽君と?」

「はい…放課後に落ち合い、彼が気になっている場所に行きます」

「そうか…宜しく頼んだよ」
そのままの足で雨衣は修復室へ向かう。

「侘助さん…」

「開いてます…入って下さい」
今日は、いつものスーツ姿の侘助が木版画の版を修復していた。

「版画ですか?珍しいですね…」

「まぁ、紙に関係する物ですからね…」
おが屑を混ぜた粘土の様な物を割れた版に詰める。

「これは?」

「漆なので触らない方が良いですよ…木糞漆(もくそうるし)です…この技法は本来、像の修復に使われる技法なんですが、修繕後に彫刻出来る素材なので版の修復に応用しています」

「もう…版としては?」

「レプリカがありますからね…保存用です。川原近くの大通りにあるデパートの創業当時の包装紙の版です」
侘助が見せてくれた実物は、実際には多色刷りで侘助が修繕しているのは主線部分になる事が分かる。

「屋号は今と変わらないんですね…」

「ええ…統合や合併を繰り返して、今や最大手企業ですからね…うちからの暖簾分けが…失礼…話が逸れましたね…尽君の資料は準備出来ています」
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