羽の音に、ぼくは瞳をふせる

兄と妹1-10

< 兄と妹 >1-10


「 翔くんは・・

そんな・・ずっとオレの影を
背負って行く羽音を愛せるかな?」

雨が降り出し
小さな音は

ゆっくりと足元に黒い染みを作り
その痕を大きくしてゆく

髪が濡れて
頬が・・ぬれて


 奏さんの・・


薄いグレーのシャツにも
雨がその痕を増やし
黒く染める

オレは彼の瞳を見つめたまま
動けずにいた

自分の決意や
言葉の少なさに
改めて痛感する

なぜ・・こんなに・・
弱いのかと

羽音が好き
けれど彼女には、あまりにも
多くの悲しみや色んな感情が
あふれ出していて

オレは・・・
羽音・・どうしたらいい?

先に動き出したのは奏さんで


「 ごめんね

まだ若い翔くんに
こんな話・・少し重すぎたね

羽音も翔くんも・・これからなのに 」


自身のシャツの襟を立てると
近くの店に入ろうと
オレを促した


人もまばらな喫茶店
エアコンが乾いた風を送り出す

しかし・・雨に濡れた2人ならば
その方が良かったのかもしれない
店主が気をきかせて


タオルを貸してくれた
オレは奏さんの身体が冷えることを
心配して
自分よりも・・まず彼を拭き始める

そんなオレの腕をつかむと
思いもしない力でオレを見つめる


「 オレはね・・
羽音の足かせ・・なんだよ 」


何度も飛び立とうとする蝶を
後ろから大きな風を吹かせては
その気持ちを揺るがせた

「 どうして・・ですか?」

優しい瞳は羽音にとても似ていて
少し羽音よりも黒い瞳

腕が離され
オレは隣へとかけた

カウンターの端に座り
コーヒーがたつ音そして白い湯気を
眺めながら奏さんの次の言葉を待つ

熱があるのではないか?
心配になってきて


「 奏さん・・帰りませんか?

タクシー呼んでもらいますから・・
身体・・冷えてるんじゃ・・」


「 違うんだ・・
羽音のせいじゃないのに 」


「 え・・・?」


奏さんの言葉に
オレは・・彼の横顔に視線をむける

何を・・言いたいんだろう

カウンターに腕をつき
肘を立てる


「 あの日・・

オレは、あの場所に
トラックがあるのを知っていたんだ

そして・・その粉を触ってみたくて
羽音に・・雪のようだと

近くにまで・・行った時に
それは起こったんだ 」


だから・・羽音のせいじゃない
羽音の罪じゃないんだ


そう・・羽音の

そう言って
顔を伏せて
台に顔を埋めた奏さん

その背中はオレよりもずっと
小さく見えて
震える背中をそっと撫でた


「 羽音は・・きっと

奏さんのこと
分ってると思いますよ

けれど・・そんなことで
諦める子じゃないって
奏さんが一番知ってるでしょ?」


震えはいつしか
涙に代わり

その腕を濡らす
小さな温もりが
彼を癒すならば


それは羽音なのかもしれない


店主にお願いして
タクシーを呼んでもらい
店を後にした


車内から、いつか
羽音と一緒に乗れたらいいなって
思いながらオレは下を毎日のように
自転車で通り抜ける観覧車を望む


隣にいる奏さんは
オレの右肩に寄り添うように寝てしまい


思えば
恋人よりも・・
兄弟は永遠の片想いなのかも
しれない

それを理解できるから
互いに距離をおき
近づかないようにする
この兄弟に関しては、そう感じてしまう

もっと大人になれば
羽音が欲しいとオレは
彼女を目の前にして告げられるだろうか

タクシーを止めると
奏さんのそして、羽音の母が待つ
小さな2階だてのアパートの前
階段を肩を貸して上がってゆく

雨はもうやんでいて
ドアをたたけば
聞き覚えのある声がした


「 翔・・く・・ん
どうして、ここに?」

オレは

「 ちょっと・・ 」


それだけを残し
羽音に奏さんを引き渡した
別れる前に奏さんが


「 翔くん・・ありがとう 」


そう一言だけ言葉を選んだように
部屋に入って行った


「 翔くんも上がっていきなよ 」


そう誘われたが
今は、まだ羽音のことで
頭がいっぱいなのに

こんなに側にいるのは
苦痛なんだ


「 ううん・・今日は帰るよ

奏さん少しだけ雨に濡れたからさ
様子、気にしてあげて 」


そう言ってドアの前で
たたずむ羽音を見ながら
上がってきた階段を降りると

自転車を置いてきた
あの場所へと

1人戻って行った
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