好きな人のお母様に恋心がバレました


何が起きたか、自分でもよく分からなかった。
分からなかったけれど、とにかくがむしゃらに私は走った。
今ならきっと、現役陸上部にだって負けない。それくらいのスピードで、私は逃げ出したのだ。



朝霞先輩は、人を傷付けることは言わない。



理由もなくそんなことは言わない人だ。
というか、先輩は例え理不尽なことがあっても、決して顔に出さずに耐える人で。
彼から悪口や、ましてや面と向かってキツイことを言われたこともない。



そんな姿を真近で私は見てきたし、
それこそが《朝霞先輩》だと思ってたのだ。



走ったけれど、鈍りきった23歳の私の身体は会社を出たあたりで悲鳴をあげた。
慣れないことは、するもんじゃない。



………そう、慣れないことはするものじゃないんだ。



「ふ、ふえぇ……っ」



メイク似合ってないから、落としてこい、だなんて。



彼はそんなことを言う人だったのだろうか。
私は、朝霞先輩を見誤っていたのだろうか。



そもそもーーー



私は朝霞先輩の、何を知っていると言うのだろう。




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