背徳の薔薇
僕には、結婚して4年目の妻、美樹がいる。
美樹は会社の同期だったが、結婚を機に退社した。
とりわけ美人というタイプではないけれど、人当りのいい彼女は男性にも女性にも好かれていた。
僕も美樹のことはいい子だなと思っていた。
だけどそれ以上の感情はあまりなくて。
ところが、たまたま美樹が見せた物憂げな表情に、僕はぐっと惹かれてしまった。
もっと彼女が知りたい、と思ったんだ。
それで、僕からデートに誘った。
ある時、デート中にふと物思いにふけるように遠くを眺めていた彼女に聞いてみた。
「どうして、たまに、そういう表情するの?」
と。
すると彼女は、少し驚いた様子で僕を見つめた。
僕があまりに真顔だったからか、
「……どの自分が本物なんだろうって思うことがあるの」
と、ぽつり答えて目を伏せた。
「どの自分も、美樹ちゃんでいいんじゃない?」
深い言葉を言ったつもりはさらさらなかった。
ただ彼女が安心するような言葉をかけたかっただけだった。
だけど彼女は、
「ありがと」
と、ふんわり微笑んでくれた。
今でも鮮明に覚えている。
見たことのない柔らかな表情だった。
それから途端に、僕たちの距離が縮まったんだ。