MIHO
私は、美穂


その日最初の客は、サラリーマン風の中年の男だった。

シャワールームで丁寧に体を洗ったあと、
個室に案内する。


個室にはベッドとマットがあり、客の好みによってプレイする場所は変わる。


「お名前聞いてもよろしいですかぁ?ニックネームでもいいですよぉ」

「高橋正則といいます」

「いきなり本名名乗った人初めてぇ」

「ちはるちゃんは、本名はなんて言うんですか」

「えっと、美穂っていいます」

もちろん偽名だ。

「そうですか、では」


男は大きな鞄からプラスティックのケースを取り出した。


ケースの中身は小さな金属の器具やビーズがきちんと整頓されて入っていて、裁縫道具のように見えた。


「携帯ストラップ、作ってあげますね」

MIHO、とひとつずつ英字のパーツを取り出すと、男は慣れた様子でストラップを作り始める。

「そういうの、得意なんですか」


私はセットしてあるタイマーを横目でチェックしながら尋ねた。

プレイ時間中にすべてを終わらせなくてはいけない。

最も、この男が時間を延長するつもりなら話は別なのだが。

「私はね…」

「会社をリストラされて、退職金が出たからとりあえず生活には困らないものの、毎日何をしたらいいかわからなくてね、イタリアに行ってたんですよ」


男はそう話し始めた。
< 2 / 7 >

この作品をシェア

pagetop