MIHO
私は、美穂
その日最初の客は、サラリーマン風の中年の男だった。
シャワールームで丁寧に体を洗ったあと、
個室に案内する。
個室にはベッドとマットがあり、客の好みによってプレイする場所は変わる。
「お名前聞いてもよろしいですかぁ?ニックネームでもいいですよぉ」
「高橋正則といいます」
「いきなり本名名乗った人初めてぇ」
「ちはるちゃんは、本名はなんて言うんですか」
「えっと、美穂っていいます」
もちろん偽名だ。
「そうですか、では」
男は大きな鞄からプラスティックのケースを取り出した。
ケースの中身は小さな金属の器具やビーズがきちんと整頓されて入っていて、裁縫道具のように見えた。
「携帯ストラップ、作ってあげますね」
MIHO、とひとつずつ英字のパーツを取り出すと、男は慣れた様子でストラップを作り始める。
「そういうの、得意なんですか」
私はセットしてあるタイマーを横目でチェックしながら尋ねた。
プレイ時間中にすべてを終わらせなくてはいけない。
最も、この男が時間を延長するつもりなら話は別なのだが。
「私はね…」
「会社をリストラされて、退職金が出たからとりあえず生活には困らないものの、毎日何をしたらいいかわからなくてね、イタリアに行ってたんですよ」
男はそう話し始めた。