MIHO
見つけた名前
それから男が店に現れることはなかった。
本当に死んでしまったのだろうか。
私は何度も通ってくる常連客以外、一度相手した客のことはすぐに忘れてしまう。
いちいち覚えてられないのだ。
こんなにひとりの客のことを気にかけることは珍しかった。
ある休日、私は電話帳をめくり、高橋正則という名前を探した。
それはきちんとそこに載っていた。
私はかなり迷ったが、電話をかける決意をした。
「はい、高橋でございます」
電話に出たのは中年と思われる女性だった。
「今野ちはると申しますが、正則さんはいらっしゃいますか?」
「主人は出かけておりますので、折り返し電話いたします」
電話に出たのは、子供を連れて出て行ったはずの妻のようだった。