優しいカレの切ない隠し事
「花井さん!花井旅館の聖也さんから電話」
「あ、はい。ありがとうございます」
同じ名字というのは、こういう時ややこしい。
すっかり聖也は、ここで『聖也』と呼ばれ、その名前を聞くとドキッとする。
だけど、ドキッとしているのは、わたしだけじゃないらしい。
今の言葉に、課長席にいる圭介がわたしに鋭い目線を向けた。
だけど、今は無視。
どこまでも悪化するわたしたちの関係は、まさに泥沼化している。
お互いがお互いに、優しい視線を向けられないでいるのだ。
「お電話替わりました、花井です」
「あ、オレも花井です。お世話になります」
「ちょっと、笑わさないでよ」
わざとらしい挨拶に、思わず吹き出す。
すると、電話の向こうの聖也も、声を明るくしたのだった。
「なあ陽菜、覚えてるか?オレたちが結婚したら、陽菜は名字が変わらなくて済むなって言ったこと」