二重螺旋の夏の夜
わたしを乗せてから一度も停留所に止まらなかったバスが、初めて人を乗せるためにドアを開いた。

外の蒸し暑い空気が、もわっと車内に流れ込んでくる。

目に痛いわけではないのになぜかぎゅっとまぶたを閉じると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「あれ、神崎ちゃん?」

「……!」

乗り込んできたのは早見さんだった。

「隣いい?」

「はい」

「…って、うわ。荷物多っ!」

「黙って出てきちゃいました」

「おお、行動派だねぇ」

他に新たな乗客はいなかったらしく、早見さんを乗せるとすぐにバスが発車した。

「…早見さんは、どうされたのですか?」

「うーん、忘れ物?」

「?」

額の汗をぬぐって、早見さんは少し疲れたように笑った。

息が上がっているから、走ってきたのだろうか。

ネクタイはしていないけど、会社にいるときの服装と変わらないので、家に帰ってすぐに引き返してきたのかもしれない。

「明日は休むの?」

「はい、有給取っちゃいました。3日も」

「じゃあ土日も入れて5連休か。脳も体も気持ちも、リフレッシュできるようにゆっくり休んでね」

「すみません、会社にご迷惑おかけして」

「そうだね、神崎ちゃんいないと営業部に癒しがなくてみんなピリピリするだろうし」

「えっ」

「ははー」

心地いい揺れと心地いい声と。

このまま着かなければいいのに、なんて一瞬思ってしまった。
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