キヲクの片隅
「…なあ、翔」
「ん~?」
翔は視線をテレビに向けたまま。
「ゆうちゃんって、俺の事?」
「…まあ、お前の名前は優人だしそうなんじゃない?」
スナック菓子を食べ続ける翔。
「じゃあさ…」
僕は一番聞いてみたかった事を聞いた。
「俺の事を、ゆうちゃんって呼んでいた人っていた?」
翔の手が止まる。
視線をゆっくりと、テレビから僕に変えた。
「どうしたの、急に」
その顔はどことなくビックリしているような、でもどこか悲しげなような。
「さっき寝てた時に1度だけ夢で呼ばれた気がして」
視線をそのままに黙っている翔。
「なんか初めて呼ばれた気がしなかったんだ。でも俺は昔の事を全然覚えてないし、翔なら俺と昔から一緒みたいだから知ってるかなって…」
「いや、いなかったと思うよ」
翔はまたテレビに視線を戻してスナック菓子を食べ始めた。
だけどその表情はどこか険しい気がした。
「そっか」
なんだか少し残念な気持ちになった。
だけど翔がいないと言うならそれは本当だろう。
さっきのは本当にただの夢であって、その声の主は存在なんてしないのだろうか。
それならそれで別にいい。
だけど過去の記憶がない僕なのに、どこかで聞いたような気がして少し不思議な気持ちになった。
ふわっと、なぜか心が少し軽くなった気がした。
これが、懐かしいとゆう気持ち?
流した涙の意味はわからない。
けれどその声が幻なんかじゃなく、本物であってほしいと。
夢でもいいからあの優しい声をもう一度聞きたいと。
そんな風に思ってしまった。
翔とテレビを見ながらのんびり過ごす。
この部屋に誰かがいるのは久しぶりだな。
舞花が最後に来たのも大分前だし…。
僕は翔の買ってきてくれたお菓子をそんな事を考えながらポリポリ食べる。
「あ、そういえばここ来る前に優人っちじいさんに会ったよ」
「じいちゃん?」
「ああ。早く夏休みになって優人に会いたいな~って言ってた」
少し微笑みながら翔は教えてくれた。
翔の家とじいちゃんちは歩いて行ける距離だから、偶然会うこともよくあるみたい。
一人ポツンと家にいるじいちゃんを想うと少し心配になるし、早く会いに行きたくなる。
そんな僕の様子を察してか、翔が頬杖をつきながら笑顔で言う。
「じゃあ、明日行くか?」
「え?」
明日は土曜日。
この週末はなにもない。
まあ、いつも大体ないのだけど。
「年始から会ってないだろ?いきなり行って喜ばしてやれ」
翔がニコッと目を細めて言う。
うん、そうだな。
僕もじいちゃんに会いたいし、土産の一つでも持って行こうかな。
「うん、そうする」
僕も笑って答えた。
「じゃあ決まりな。今日はここで寝て、明日の午前中にでも行こうぜ」
「わかった」
僕達は明日、翔とじいちゃんの住んでる街に行くことにした。