キヲクの片隅
「ユキさん」
少しの沈黙を誰かが破った。
少女のことをユキさんと呼ぶその人は、ユキちゃんの後ろからスッと突然姿を見せた。
「あ、じいや」
「こんなところにいたのですか」
目の前の男性は白い髭を綺麗に生やし、髪の毛も髭と同様綺麗な白色でしっかり整えてある。
深い緑色の和服に白の羽織。
和服の着こなしも手慣れている感じで、その佇まいはとても品があって尚且つ貫禄もある。
なんだかかっこいいな…。
何よりとても通った声をしていた。
男性がチラッと、僕の方に視線を移す。
「ユキさん、そちらの方は?」
「今日初めて会ったの」
「…そうですか」
男性は髭を触りながら、なにやら小さく頷いていた。
「そちらの方」
「え、俺…ですか?」
自分に指を差しながらキョトンとする。
二人のやり取りをただ大人しく見ていた僕だったので、声をかけられ少しビックリしてしまった。
「名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい。松岡優人と言います」
「ほう…。優人さん、ですか…」
僕を観察している様な視線に少し緊張してしまう。
少しの間風だけが音を作っていた。
「おーい、優人ー!」
遠くから翔の声がする。
そういえば翔と別れてから大分時間が経っている気がする。
きっと僕のことを探してるのだろう。
「あ、それじゃあ俺、そろそろ行くね」
「そっか…わかった」
「もう…行かれるのですね」
「はい」
この場所を離れるのがなんだか名残惜しい。
「ユキちゃん」
僕はユキちゃんに目線の高さを合わせる。
「また、来るからね」
ほんとはずっとこの優しい場所に居たいけど、さすがにそうはいかない。
ゆびきりは出来なかったけど、彼女に伝わるようにしっかり目を見て伝えた。
「うん、私はずっとここにいるよ」
僕はユキちゃんに笑って男性にもお辞儀をし、その場を後にした。