偽りの香りで
「何だ、って。失礼ね。あんたが私に泣きながら電話してきたんでしょ。お姉ちゃんに振られたって」
「電話はしたけど、泣いてはない」
彼は私の手からウィスキーのグラスをひったくると、その残りを一気に飲み干して空になったグラスをマスターに突き出した。
「いいけど、大丈夫か?」
顔なじみのマスターが呆れたように彼を見下ろし、それから私に視線を移して肩を竦める。
「どれくらい飲んでます?」
「さぁ?普段の倍はいってるかも」
彼からグラスを受け取って、マスターが踵を返す。
「おかわりいりません。連れて帰りますから」
私がそう言うと、マスターが振り返って苦笑いした。
「は?勝手に決めんなよ」
荒い口調で私を睨む彼の腕を引っ張る。
「ここで飲んだくれてたってお姉ちゃんは戻ってこないわよ」
彼を見下ろしながら冷たい口調でそう言うと、彼が唇を真横に引き結んでうつむいた。